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 地域・都道府県別年代別日本百名城国宝・世界遺産現存天守12名城

根小屋城 群馬県高崎市山名町  2017.4.2 訪問お知らせ

 ~ 築城主:武田信玄 築城年:永禄11年(1568)… 築城年・築城者については「甲陽軍鑑」などの軍記ものに記されている由  主な城主:武田氏、望月甚八郎、伴野助十郎 廃城年:不明(武田氏の衰退とともに廃城か?) 主な遺構:土塁、郭、空堀、堀切、竪堀 
根小屋城の築城については、上野誌・関東古戦録等に、永禄11年(1568)或は13年に、武田信玄が、山名、鷹の巣の間に新城を築き、信州佐久郡望月の城主望月甚八郎、同じく伴野庄の住人伴野助十郎を入れて守らせた、と明かに記されている。鷹の巣とは、現在の寺尾公民館上の御嶽山から上り詰めた所の、城峯神社のある茶臼山城址のことである。永禄5年箕輪城を落とした信玄は、西上州を手中におさめて、北条氏康、上杉謙信と対じしていた。この城は狼煙台として、新附の倉賀野、木部、和田の諸将を監視するため、守兵は信州の信頼できる将兵を入れたものである。なお根小屋とは平素城兵の居住するところをいう。したがってこの地名のところには、必ず山城の址があるはずである。(現地に設置の案内板より)
 上信電鉄「高崎商科大学前」からのアクセスが便利だろう。筆者は、当日、最初に「山名城」を訪ねており、そこから高崎自然歩道を通り、尾根道に沿って「根小屋城」に向かった。真ん中の写真のように尾根道は歩きやすい。
南八幡小が作成の道標… 「分岐」と記した地点から、青色で記したルートで根小屋城址方向へ歩いた…高崎商科大学前駅から山名城址・山の上碑と古墳へ向かったルートを緑色の線で記した
    
 根小屋城址まで500mと記されている…
 右上の「案内図」の、分岐より「現在地」のところで右に曲がり、北方向へ進む…こちらも比較的歩きやすい 
     
 尾根道を歩くと途中路傍に「石碑出路」との標示の石柱があった…
 
 城址に近づいてくると、「武田信玄の財宝」と記した案内板(左端の写真)があり、そして、展望台・休憩所が見えてきて(真ん中の写真)、その傍には「搦手 搦め鳥手 城の裏門」との立札があった
     
休憩所のすぐ北の空堀(東側の堀)…右の写真は、左(西)側部分。可成り下草が生い茂っているが形状は確認できる。 
空堀を経てさらに進む(北)へ…
本丸の下のところに到達すると、階段があり、右の写真のような案内標示が…本丸周囲の通路で「右回り」(直進)と「左回り」(階段)があった。階段は結構急に見えて直進を選ぶ… 
 
本丸周囲の空堀…
 
案内標示の場所…  案内標示から直進(右回り)に入ったところで、結構大きな横堀状態…
     
右の写真の続きの部分…
 
 本丸のすぐ右のところの小郭…ここには何の表示もないが何らかの役割があったのではないか?  追手(おうて) 大手 城の表 との標示板…この辺が大手口・大手道だったのか?藪状態でよくわからぬ
     
 更に北へ進む(右回り道)…
 
 本丸の手前右部分の空堀‥  本丸すぐ右の若干広めの郭…腰曲輪の標示
     
 この標示板を経て右の腰曲輪に至る…
 
腰曲輪の続き…結構広い 本丸へ上がるルートを探していたら、上に上がる階段を見つけた…
  
 ここは小郭?いや、何でもない削平地か?
 
 山頂近くに来ると、このような越曲輪的な場所へ…  桝形虎口…分かりにくいが、上から見下ろした別掲の写真を参照
  
 ここも、本丸手前の腰曲輪の一部?
 
桝形虎口と標示されていたところを上から見下ろした…そう言われれば、って感じですね! 
  
本丸(最頂部)へ来た…三角点表示が見える 
 
 本丸全景、東方向を見る…  広場の中央部「本丸跡」の立札…小さな社もあった 
     
 本丸の北端の空堀を見下ろす…
 
 本丸北側部分より眼下に市街部を見る…  
  
 東側の空堀を見下ろす…
 
西北角辺りに「坂虎口跡」の案内板が…この下の周囲の空堀跡へ降りる。右の写真は少し降りて虎口を見上げたところ  
     
 はっきりした通路ではないが…
 
 右下の写真のところから右(東)方向へ行き、少し歩くと階段が見えて来た…ここを上がると先ほどの本丸広場に出る模様  下の通路に降りて、右(北)方向へ歩く… 
     
 すると、北西角のとこでこの看板が…
 
 本丸の下の空堀底を東方向へ歩く… 分少し開けた削平地を越えて… 
     
 東側の空堀を跨ぐ土橋へ…
 
分上の写真の土橋を渡り、振り返って土橋部分を見る…今や堀も浅いが通路をクランク状にしてある   左の写真の右手前部分の井戸跡…
     
 井戸跡のすぐ東に「竪壕」の表示が…
 
 竪堀の近くから、一段下の腰曲輪のような場所に降りて南方に進む… 
     
 少し開けてきて…右の写真に続く
 
 堀底道を歩く…南方向へ   土橋のようにも見えるが?
     
 藪状態になり歩きにくくなる…
 
 この辺で藪状態になり断念して元の本丸下方向へ戻る…  少し前に通った土橋付近に戻ると、右奥方向に二の丸跡との案内板を見つけた… 
     
右の写真のところから上がるとちょっとした削平地、曲輪に出た…二の曲輪である
 
 二の曲輪を後にして、再び本丸北側の堀底道に降りて、左回りの入口(階段)方向へ歩く…  
     
 最初に通った本丸下の通路へ降りてきた…奥に休憩所・展望台が見えて来た
 
 アクセス:上信電鉄「高崎商科大学前」下車、根小屋城址入口まで徒歩約30分
※ You Tubeに「根小屋城 群馬県高崎市山名町」をアップしました!こちらをクリックしてYou Tubeのページへジャンプしてください!
 

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