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奈良梨(ならなし)陣屋 埼玉県比企郡小川町 2015.12.1 訪問 |
〜 築城者 諏訪頼忠 築城年 天正18年(1590年) 主な城主 諏訪頼忠 廃城年 ? 遺構 土塁、空堀 〜 |
- 八和田神社東側に残る堀と土塁の一部は、戦国時代から江戸時代にかけて築かれたものと思われます。当時、鎌倉街道士道の之宿駅として栄えた奈良梨において、現在の八和田神の境内になんらかの施設がおかれていた可能性があります。平成8年い実施した試掘調査の結果、この堀と土塁は平行してほぼ一直線に走っていることがわかりました。堀の断面形は「箱薬研」と呼ばれる中世の城や館を取り巻く溝に非常によく似ていました。土塁には、幾層にも丁寧に積み上げた状況が確認されました。あいにく時代を決定する遺物は出土しませんでしたが、以上のことから、周辺文化財・史跡等の総合的な見地で、広義の陣屋跡として指定されたものです。(現地の空堀のところに設置されていた案内板「町指定史跡 奈良梨陣屋跡」より)
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東武東上線小川町駅から川越観光バス熊谷行きで「奈良梨」バス停で降りて、少し戻って、この八和田神社へ…ここが町指定史跡「奈良梨陣屋」跡 |
神社境内に入ってすぐ右側に池が… |
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ここにも池が…昔の水堀の名残? そのような資料はなし! |
八和田(やわた)神社…諏訪神社が明治40年に八和田神社に改称された。 |
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本殿前の鳥居から境内を臨む… |
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八和田神社の大スギ…天正18年に奈良梨に入った諏訪頼水が、所領を定める際に信州諏訪から投げたスギがこの地に刺さったという伝説がある由(左の写真の説明より) |
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神社東側に残る堀と土塁…平成8年の試掘調査で発見され、その年に町の史跡に指定された。 |
境内から南側への虎口的な通路… |
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陣屋跡の説明板… |
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北側に残る土塁…保存状態はよさそう |
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東側の土塁・堀… |
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アクセス:東武東上線・JR八高線「小川町」駅から川越観光バス熊谷行きで「奈良梨」バス停で下車すぐ…
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