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 地域・都道府県別年代別日本百名城国宝・世界遺産現存天守12名城

花園城 埼玉県大里郡寄居町末野  2017.3.16 訪問お知らせ

 ~ 築城主:藤田氏(藤田政行?) 築城年:15世紀~16世紀  主な城主:藤田氏 廃城年:天正18年(1590年)? 主な遺構:土塁、郭、堀切 竪堀 埼玉県選定重要遺跡 ~
花園城辺りは、武蔵猪俣党の猪俣政行が武蔵国藤田郷に住んで藤田と名乗り、藤田郷を本拠として花園城を築いたとされている。築城時期は15~16世紀ではと言われている。16世紀に後北条氏が武蔵に進出した時、藤田康邦は北条氏康の三男の氏邦を婿に迎えて、その後は藤田氏の嫡流は氏邦が継いだ。北条氏邦は、16世紀半ば頃には、花園城から2.5kmにある鉢形城に入り、本格的な鉢形城支配が進められた。その折、花園城も鉢形城も氏邦の支配下に入ったと思われる。その後、天正18年5月の豊臣秀吉の進撃に伴い、鉢形城は落城しているので、花園城も同時期に落城したのではないかと思われる。標高200mの山頂を利用した山城で、山頂部の尾根では、岩盤を削った堀切により、東西方向に4つの廓を有している。未だ、山上、山腹の発掘調査は行われていないようだが、後北条氏による改修がどの程度あったのかなど、不明点も多く是非調査をしてもらいたい。また、埼玉県指定重要遺跡とあるが、現地に教育委員会などによる説明板もないし、登山道の案内道標もほぼ皆無であり、是非、今後整備をしてもらいたい。これだけの立派な堀切を有するだけに、もっと多くの人に訪ねてもらいたいと思う山城である。(参考資料 「関東の名城を歩く 南関東編」(吉川弘文館 峰岸純夫・斎藤慎一 編)を参考にさせていただきました。)
 東武東上線・秩父鉄道「寄居」駅北口(右の写真)から北西方向へ約40分歩いて、先ずは、善道寺を目指して、そこから更に西方へ少し歩いて諏訪神社へ。そこは、もう花園城のある標高200mの山のふもと…山頂(主郭)へはそこから約30分。
     
 善道寺入口…奥に山門が見える
 
 諏訪神社…この石段の上が拝殿 諏訪神社の後ろの山が「花園城」…この神社を目印に来て、ここから竪堀を直登して山頂へ 
    
 拝殿の横…登山道らしいところはないがここから登る
今回も、余湖さんのホームページから鳥瞰図を拝借しました…この図の諏訪神社のすぐ裏の「堀2」を通り、横切って西方向へ歩いた。  諏訪神社のすぐ裏のところ…「堀2」を目指して獣道を上がる
     
 少し上がって振り返ると諏訪神社の拝殿が下に見える…
 
 「堀2」と思われるところを見上げる…この辺は余り堀の形を留めていない ここでは、登山道らしき場所に出た…更に西方向へ行く  「堀3」と思われるところに出た…緩い傾斜。歩きやすい
     
「堀3」の脇の通路を歩く…  「堀3」の底道を上がる…もうすぐ主郭の下の腰郭か?
「堀3」を見ながら更に山頂方向へ…
「堀3」から、更に左(西)方向へ、一部横堀と思われるところ(左2枚の写真)も経由して進む…一番右の写真は、主郭の手前の腰郭的なところか?
     
 山頂近くの腰郭から西方向へ歩き、「堀4」らしい場所に出た…この辺は今までの竪堀と違い比較的緩い堀に見える
 
「堀4」と思われる場所を進み主郭方向へ行く…
 
主郭周りの石積みの見えるところ…右側が主郭部
 
 石積みの目立ってるところ…自然の石が多いのか?  岩盤を削って作ったと思われる主郭西側の空堀… 
     
右の写真の手前部分の堀…
 
 主郭(鳥瞰図の1郭)に到着…ここはきれいに整備されている。周囲のここまでの通路は案内標示もなく一部藪状態のところもあった。  主郭部へ少し上がり下を見下ろす…
     
 主郭広場を別の方向から見る…
 
 主郭の北側…  主郭広場の南側の端から下の腰郭部分を見下ろす… 
     
 主郭より東方向を見る…
 
東端部分から下の空堀を見下ろす…岩盤を削った非常に深い堀   上の写真の隣側の、主郭の下の腰郭的な広場を見下ろす…
  
 東側の「2郭」との間の空堀を見下ろす…
 
 主郭の北端部分か…この下の空堀も結構深いようだ  「郭2」との間の堀底に降りる…左側(主郭)の壁は岩盤のようだ 
  
 右の写真の空堀から東側の「2郭」上に上がる…
 
 「2郭」全景…多少整備されているようだ   空堀の底の北端方向を見る…
     
 「2郭」に入ってきた…
 
 「2郭」と「3郭」の間の竪堀に降りる…ここでも岩盤を削った壁であった 
     
 竪堀の東隣の削平地を見る…
 
 「3郭」から東に進むと「4郭」との間の竪堀に近づいてきた…  上の写真の場所から、東に進む…この先に「3郭」がある
     
 「3郭」と思われる…
 
 「3郭」ですね…ここも多少樹木が伐採されていて整備されている  「3郭」の先(東)の竪堀を3郭から見下ろす… 
     
 眼下に腰郭?が見える…
 
 「3郭」と「4郭」の間の竪堀…右の写真に続く  
     
 「堀1」竪堀を真直ぐ降りる…諏訪神社の東側に出るはず
 
 「堀1」を降りてきたが、神社が近づいてくると竪堀の形状がかなり浅くなってきた…  「堀1」を降りてきたが、左の写真の辺りからやや右に移動して諏訪神社裏を目指す… 
     
 諏訪神社のすぐ裏に戻ってきた…
 
 諏訪神社の鳥居を見下ろす位置に来た…  同行のO氏が神社裏へ斜面を斜めに降りるところ…
     
最後はこんな感じで道はなし…
 
 「正龍寺」…ここに、「花園城主藤田家、鉢形城主北条家」の石碑(真ん中の写真)と墓地への案内道標(右端の写真)。山門は高麗門形式。
     
 北城氏邦・夫人の墓(真ん中の写真)と藤田康邦・夫人(右端の写真)の墓。左端はこれらがある建物…
     
 アクセス:東武東上線・JR八高線・秩父鉄道「寄居」下車登山口まで徒歩約40分
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