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荒砥城 長野県千曲市上山田 2017.10.11 訪問お知らせ
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~ 築城主:山田氏 築城年:大栄4年(1524) 主な城主:山田氏、村上氏、屋代氏 廃城年:天正11年(1583) 主な遺構:郭、石積 千曲市指定史跡 ~ |
- 荒砥城は今から約400年前に、この地を治めていた村上氏の一族である「山田氏」によって築かれた城で、郭が連なるように並んでいるところから『連郭式山城』と呼ばれています。この時代は、全国各地で戦が繰り広げられていた戦国時代という時代です。この地も例外ではなく、荒砥城と千曲川をはさんだ対岸の山頂に築かれた葛尾城の城主村上義清は、上田原の戦い(1548年)や砥石城の戦い(1550年)では、武田信玄との戦いに勝ち、領地を守ってきましたが、武田軍の圧倒的な軍勢を前に、1553年ついに葛尾城は落城し、荒砥城もこの戦いで城主を失い、山田氏は滅亡してしまいます。その後、川中島の戦い(1553~1564年)を経て荒砥城は上杉氏の治める城となりますが、海津城の副将であった屋代秀正は上杉方に背き、海津城を出て荒砥城に篭ります。1584年、上杉軍に攻められた荒砥城は落城して廃城となり、城としての役割を終えます。(入城時入手の、千曲市が作成のパンフー甦る四百年の歴史ー荒戸城跡 千曲市城山史跡公園)より。
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近しなの鉄道「戸倉」駅…ここからタクシー約10分で城跡入口下の駐車場へ… |
駐車場辺りからの眺望…千曲川を挟んで対岸に「葛尾城」、「姫城」が |
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タクシー車窓より、戸倉上山田温泉の広告看板・本願寺別院の赤い屋根が見える… |
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駐車場から、約5分ほど歩くと下の写真の「城址碑」が。そこから、冠木門を越えて入城すると右側に「事務所」(?)がありそこで入場料を払い、パンフをもらい入城… |
石積みが見事な石垣を見て上がっていくと左の写真の城門(?)に近づく… |
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三の郭方向へひたすら歩く… |
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よくわからぬがこの辺が三の郭か? |
入城門の手前にあった案内板より… |
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三の郭から、二の郭の櫓を見上げる…もちろん模擬だが雰囲気はある |
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二の丸への虎口(門)…一部で工事用の資材が置かれている |
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門を入り石積みの見られる通路を二の郭の櫓方向へ歩く… |
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二の郭に上がり、東方向の木柵及び櫓の下部を見る… |
櫓の上層階から東側の千曲川・葛尾城址方面を見る… |
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下の写真から、葛尾城址と姫城址の場所を明示したのが右の写真… |
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二の郭の櫓上から、二の郭の兵舎(現状は展示室・ビデオ上映)と奥には本郭が見える…右の写真は、二の郭の旧兵舎を正面から見たもの(工事用の足場と囲いが見える)。 |
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旧兵舎内の展示の一つ…右側の荒砥城跡がある尾根筋と麓の居館群との位置関係が分かる。 |
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兵舎内にあった展示より、「荒砥城関係の変遷」… |
千曲川を挟んで向こう側に戸倉駅、その先の山には葛尾城跡… |
展示より、「城山史跡公園の変遷」… |
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NHK大河ドラマ「風林火山」のロケ地になったことから、当時のポスターが展示されていた… |
左側の居館部は「城野腰」と呼ばれるエリア…普段はこの居館部で生活をしていたらしい。 |
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井楼櫓…復元というよりは、公園整備の際にアクセントとして造ったものか?(何らかの物見台はあっただろうが) |
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二の郭から冠木門を通って、本郭へ入る…本郭入口の城門(右下の写真)も見事な石積みにはなっている。然し、当時の形態かどうかは分からないし、これほど石積みは施していなったと思われる。公園として、あるいはドラマのロケ地としては絵になりますね! |
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本郭への入り口の門…それなりに雰囲気はある。 |
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再び石積みの壁を見て、本郭広場に出る… |
本郭全景…突当りの建物が主殿というか館ですね。でもちょっと狭すぎる(精々、8畳分位か)。手前の建物は兵舎となっているが、現状は休憩所 |
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本郭より少し高くなっている部分…パンフでは「展望台」とある |
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展望台から東方向を見る…千曲川とその向こうに葛尾城・姫城とそこから伸びる稜線が櫓越しに見える。 |
こちらは、東側から南方向の景色… |
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本郭を奥まで行って振り返る形で見る…右が主殿で左が兵舎… |
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アクセス:しなの鉄道「戸倉」駅からタクシーで約10分(訪問時は2,000円弱だった)
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