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地域・都道府県別年代別日本百名城国宝・世界遺産現存天守12名城 

高山城 岐阜県高山市 2019.11.12 訪問お知らせ

 〜 築城者 金森長近 築城年 1603年(着工 1588年 竣工 1603年) 主な城主 金森氏 廃城年 1695年 遺構 郭、空堀・土塁 現状 城山公園 指定史跡等 県指定史跡
 標高686.6m、通称城山、別名を臥牛山、巴山ともいう。金森入国以前は「天神山城」と」呼ばれた。飛騨の守護代である多賀出雲守徳言によって、文安年中に築城され、近江の多賀天神を祀ったことから多賀天神山、城は多賀山城と呼ばれた。永正年間には高山外記が在城していた。天正13年7月、金森長近は、秀吉の命を受けて飛騨へ侵攻し、翌年飛騨一刻を賜った。城地として、最初は鍋山城(現漆垣内町)を考えたが、後、この天神山古城跡を選定した。飛騨の中央にあり、東西南北の街道が交差する最も適所と考えたのである。築城は天正16年から始め、慶長5年までの13年で本丸、二之丸が完成し、以後可重によってさらに3年で三之丸が築かれた。高山城は、信長の安土城構築直後に築かれ、大きな影響を受けている。軍事的機能を最優先させた城ではなく、御殿風の古い城郭形式を持ち、外観二層、内部三階の構造を持つ天守を備えているのが特徴で、秀吉の大阪城築城以前における城郭史上初期に位置づけられる。本丸屋形には台所、風呂、大広間、茶室などがあった。南の大手方面には南之出丸、北の搦手方面には東北曲輪、中段屋形がが配置される。昭和31年9月7日 岐阜県指定史跡。(本丸に設置されていた案内板より説明部分抜粋、引用)
 JR高山線「高山」駅…ここから徒歩約20分で高山城域。多くの外国人観光客が訪れていました。 市街を過ぎて城域に…二の丸・本丸方向へ行く。  城山公園一帯がみごとな紅葉が…
     
 城山公園入口にあった「高山鉄舟両親の墓所」…  公園入口の城山公園の碑(側面に城址碑)と案内板…ここから入城 二の丸の方向へ行く…
     
 二の丸広場に設置の案内板…本丸〜中段屋形〜搦手〜号砲平の順に回った。   城山公園の石碑の側面の城址碑…
     
 見事な紅葉…
 
  二の丸広場近くの紅葉…  二の丸広場に入る手前に残る石垣…野面積みですね
     
 搦手への登り口…
 
 二の丸広場に設置されていた「金森長近銅像」…  搦手の標示柱…クマ出没注意の(下の写真)表示板が見える。
     
「クマ出没注意」…訪問日の前日でもありビビったが、来訪者も多いし昼間はそれほどとの地元の人のコメントもあり、予定通り城内を散策した。 
 
 本丸方向(右)へ行く…  二の丸広場より高山市街を臨む… 
     
 「中段屋形」…本丸への通路の途中に中段屋形。
 
 中段屋形からひたすら本丸を目指して…本丸は右方向だ!
     
 水の手方向の案内標示…クマを恐れて広い道から離れないようにして、本丸方向へ歩いた。右の写真は水の手門の標示柱。  搦手之門の標示石柱…
     
 もみの木平・大手道方向との分岐。本丸広場に向かう… 本丸にある「使者の間」玄関の石垣…廃城後は多くの石垣が失われたが。ここの石垣は最も規模が大きいようだ。 
     
 本丸広場全景…東屋が見える
 
 本丸広場から高山市街方向を見る…紅葉がきれい!  「風呂屋}との標示? 
     
 「本丸屋形」の標示柱…
 
 本丸広場を出て、大手道を通り「もみの木平」方向に降りてゆく…
     
 「もみの木平」(南出丸)…
 
 大手方向へ歩く… 右上方向が「号砲平」…   駐車場方向へ降りる…
     
 途中、石垣を見ながら最初に通った城山公園の入り口部分に戻ってきた… 三の丸の水堀の残存…
     
 水堀の中に立派な鯉が…
 
アクセス
JR高山線「高山」駅から徒歩約25分。
 
※ 「岐阜県お城巡り 高山城〜郡上八幡城〜加納城」をユーチューブにアップしました!こちらをクリックしてYou Tubeのページへジャンプして御覧ください…

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