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躑躅ヶ崎館 2016 - 山梨県甲府市  2013.3.8 訪問 2016.3.12 再訪 2016.3.12 再々訪お知らせ

 〜 築城者 武田信虎 築城年 1519年 主な城主 武田氏、川尻秀隆、徳川氏、豊臣秀勝ほか 廃城年 1594年 遺構 石垣、土塁、堀 指定文化財 国の史跡 日本100名城(24番) 〜
躑躅ヶ崎館は、永正16年(1519)信玄公の父君信虎公が石和館(現甲府市川田)に移り、天正9年(1581)晴信公の子、勝頼が新府(現韮崎)に移るまでの63年の間、甲斐武田氏の本拠、甲斐の政庁として天下にその名を轟かせた。周囲には武田24将を始めとする諸将の屋敷が立ち並び、更に職人町もあり、初期の城下町を形成していた。
前面(南)に甲府盆地、遠くは霊峰富士を始め甲斐の連山を臨み、後方(北)に石水寺、要害山を控えた景勝の地で、境内は樹木が社を作り、豊かな緑に包まれている。周囲の堀、土塁等は当時のままで、戦国時代第1級の居館と賞賛される「躑躅ヶ崎館」の往時を偲ばせる。境内地は昭和13年(1938年)国指定史跡に指定されている。また、2006年4月6日、「武田氏館」として日本100名城(24番)に選定された。(武田神社発行の武田神社宝物殿拝観のしおりより抜粋・編集)
武田神社入口…甲府駅北口からバスで約8分、地図のオレンジ色の道(武田通り)を真直ぐ北方向へ
     
 橋上から左側の水堀を見る…
 
 こちらは右側の水堀…
 
 赤い橋を渡ると、左右に立派な石垣がみえる…しかし、この石垣は本来の石垣ではなさそう(神社建設時のもの?)  境内への階段…
     
東郭に当たる部分(東側)の土塁… 境内(城内?)に入ってすぐ右の土塁…
    
宝物殿… 
 
宝物殿の前を東側に向かうと大手門(武田神社大手門)へ… 大手門虎口の橋の上から左(北東)側の堀を見る…
  
 こちらは、右側の堀…少し水っ気があるが乾いている
 
武田氏館跡大手門周辺ゾーンにある大手石塁(豊臣秀吉の家臣により築かれたとの説明がある)と三日月掘の場所を見る…発掘調査後埋め戻されているが、本来は丸馬出であった(右の写真参照)
     
 上の写真の反対側の土塁上から、大手門側を見る… 土塁上から北側を見る… 北側土橋(下の写真で見える橋)の上から北(左)方向を見る 
     
北側土橋から右(東)側を見る… 北側土橋と北側虎口部分… 
     
 土塁の復元…
 
大手門周辺ゾーン(右端)の修復と東郭、主郭、ん市議曲輪などの全体図(降雨食う写真) 
    
 再び大手橋を渡り主郭方向へ… 名水『姫の井戸』と武田水琴窟…
     
 雛人形の供養?大勢の人が集まっていた… 土塁に掲げられた案内標示…  西曲輪への通路…土橋が見える
     
 土橋上から水堀(南西方向)を見る… 土橋手前の石塁…いつの時代のものか? 
     
 上の写真の反対側の堀…
 
 西曲輪ゾーン小修理工事中(2016年3月30日まで)…  
     
 すぐ右の土塁上に上がる…
 
 きれいに整備された土塁…この向こうが南西側の水堀  土塁上を更に北東方向へ進む… 
 
上の土塁上から工事中の西曲輪北側桝形虎口南門を見下ろす…
 
西曲輪北側桝形虎口…右下の写真の左端部分 上の写真の延長の土塁上…突き当りを右折して左、下の写真の場所に至る
    
北側桝形虎口を土塁上から見下ろす…
 
武田神社から少し離れた、岩窪町に「甲斐国主武田信玄公墓所」がある 岩窪町自治会・老人クラブが建立した信玄公墓所の説明板…  信玄公墓…3年間の秘喪を経て荼毘に付されたとか(左の写真の説明)
     
アクセス:JR中央本線「甲府」駅北口より北へ真っ直ぐ2.2km。バスで約8分「武田神社」下車
                        
※ You Tubeに「躑躅ヶア館ー山梨県甲府市」を投稿しています。こちらからジャンプしてごください。 

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