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 地域・都道府県別年代別日本百名城国宝・世界遺産現存天守12名城
  土浦城 茨城県土浦市中央 2014.10.7 訪問
 ~ 築城者 若泉(今泉)三郎 築城年 永享年間(1429~1441年) 主な城主 若泉氏、小田氏、松平氏、西尾氏、朽木氏、土屋氏 廃城年 1873年 遺構 太鼓櫓門、土塁、水堀 指定文化財 茨城県史跡 再建造物 東櫓・西櫓 ~
土浦城は、一名亀城(きじょう)ともよばれ、平城で、幾重にも巡らした濠を固めとする水城であった。城は、城跡に指定されている本丸・二の丸を中心に、三の丸・外丸のほか、武家屋敷や町家を含み、北門・南門・西門を結ぶ濠で囲む総構えの規模をもつものであった。江戸時代の建物としては、本丸表門の櫓門・裏門の霞門、二の丸と外丸の間に移建された旧前川門(高麗門)があり、復元された建物としては、東櫓・西櫓がある。戦国時代には、城主は若泉氏、信太(しだ)氏、菅谷(すげのや)氏と変遷したが、織豊期(しょくほうき)には結城秀康の支配下に入った。江戸時代の城主は松平(藤井)氏、西尾氏、朽木氏、土屋氏、松平(大河内)氏と替わったが、土屋政直が再び入城して、以後明治維新にいたるまで土屋氏(9万5000石)の」居城となった。明治以降、本丸跡は土浦県庁、新治(にいはり)県庁、新治郡役所、自治会館などに利用されたが、現在は二の丸跡の一部とともに亀城公園となっている。(土浦市教育委員会が現地に設置の案内板「土浦城跡および櫓門」より)
JR常磐線土浦駅西口にあった案内マップ。亀城公園まで歩いて、先ず公園内の各遺構及び土浦市立博物館を見て、土浦小学校前にある大手門跡~東光寺境内の土塁~南門跡を巡って、土浦駅に戻るコースを辿った。
土浦駅西口…駅の改札を出て、東西通路にある観光案内所で地図・パンフをもらって、亀城通りをひたすら北の方向へまっすぐ歩くと左側に亀城公園が。   入ってすぐ右に「東櫓」
     
まっすぐ二の丸を進む…小学生が授業中(土浦小学校の校舎建替え工事中のため城跡を利用している) 高麗門のすぐ右に「外丸跡」の標示柱 
     
南側、裁判所側の「高麗門」(土浦城旧前川口門…明治18年に土浦役場の門、大正9年に等覚寺山門として移され - 詳しくは説明板参照(右の写真)
 
高麗門の内側から裁判所側を見る 
 
二の丸から西側を堀越しに見る…この先が土浦小学校  橋の上から堀の右側を見る
 右側に見えるのが「櫓門」…本丸から東櫓に続く 櫓門に入る右側に「二の丸跡」の標示柱と説明板
     
二の丸周囲の土塁上 櫓門入口手前にあった江戸時代の縄張り図
右側の堀が小学校側
本丸に入り西櫓を見上げる。右に西櫓の説明
西櫓…キティ台風で小破、解体保存されていたのを平成に復元された
東櫓側の堀を土塁上から  東櫓…土浦市立博物館付属展示場となっていて、共通入場券105円 霞門…本丸の裏門。手前に枡形が設けられている。
霞門から枡形~霞橋と内堀が…   東櫓を見て、本丸土塀を見る。東櫓の脇には石落とし、櫓門の脇には大筒狭間を設けていた。の方向へまっすぐ
本丸筑地塀から右手に櫓門が見える  櫓門(太鼓門) 1656年に改築、その後修復を繰り返し現在に至る。本丸に現存する櫓門として関東に唯一現存。時刻を知らせるための太鼓が置かれてた
  
 「史跡 土浦城址」の石碑
 
北大手門の跡にあった案内図
 
 土浦領境石…水戸街道に面して、土浦領と他領との境界に建てられていたもの。(博物館前に移設) 土浦城櫓門の礎石…説明は右の写真
     
真鍋の道標 大手門の跡の碑
     
 南門の土塁…東光寺境内に  南門の跡の碑…
     
アクセスJR常磐線土浦駅西口から徒歩15分

 ※「土浦城ー織豊期には結城秀康の支配下に!」をYouTubeにアップしました。こちらからYou Tube のページにジャンプして、ご覧ください。

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