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地域・都道府県別年代別日本百名城国宝・世界遺産現存天守12名城

遠江 小山城 静岡県榛原郡吉田町 2017.10.26  訪問お知らせ

  ~ 築城主:不詳(今川氏?) 築城年:戦国時代  主な城主:今川氏?武田氏?徳川氏? 廃城年:天正10年(1582年) 主な遺構:郭、三重堀切、馬出(復元) ~
小山城は、戦国末期の平山城である。遠州進出を企てた武田信玄は、その重要拠点である小山の砦を攻略し、元亀2年(1571)砦を修築して小山城と命名し、大熊備前守長秀を城主とした。徳川軍は、これを攻め取ろうとして十余年にわたり激しい戦いが繰り返されたが天正10年(1582)2月遂に落城した。城跡には三日月堀、三重掘、井戸等が残り、落城の悲しい物語がある。
現地、能満寺(旧郭)境内に吉田町教育委員会が設置の案内板「小山城跡」より。
東海道線 島田駅から「しずてつジャストライン」静波海岸行で、「片岡北特別支援学校」下車、徒歩5分で能満寺山公園…  能満寺山門…能満寺は臨済宗妙心寺派の寺で創建されたのは弘長2年(1262年)で、元寇の役が起こると、勅願寺として官寺に列せられた(小山城のパンフより抜粋)
     
 能満寺山公園入口と小山城跡への道標…右の写真の山門が見える
 
虚空蔵尊の横にあった案内図… かなり急な階段…虚空蔵尊への直登ルート
  
 女坂から虚空蔵尊~小山城跡へ…
 
上の地図には郭名が表示されていないが、虚空蔵尊の上の郭を郭1、空堀を隔てて左側(模擬天守前)は郭2とする。曲輪1と2の間の空堀を見て(下の写真)郭1に進む…郭1部分に来たら「小山城跡」の標示柱があった。芝生の公園になっている。 
     
 郭2への橋上から、左側の空堀を見る…
 
 右の写真の突き当り部分…三日月掘りの標示・説明  模擬天守の前で、北側を見る…
     
 三日月掘りの右側の馬出…
 
郭1の周囲をぐるりと回って、最初に入ってきた郭1と郭2の間の空堀部分に戻る…
赤い橋が右奥に見えますね…
 模擬天守を左に見て、道標に従って大手門方向へ行く…   大手門に行く途中…右手に空堀
 模擬大手門が見えてきた… 勘助井戸…山本勘助の声がかかっていると伝えられている井戸
 供養塔…
 小山城大手門(冠木門・模擬復元)…  大手門の手前の堀(現状は水堀状態)…
     
 上の写真の堀底を見る…
 
 模擬天守の西側から天守を見上げる…   天守を北側から見る…1987年に物見台があったと言われる三の丸跡に犬山城天守をモデルにした模擬天守「展望台小山城」が設けられた(吉田町が作成のパンフ、「戦国小山城」より抜粋) 
     
 上の写真と同じ方角から模擬天守を見上げる…
 
 この辺が三重掘りがあるところ…わかりにくいが、二股になっている木の左側と右側に堀が見えますね。この右の通路側にももう1本ある。   郷土資料館・トイレより模擬天守の方に戻る途中の木橋…
     
三重掘りの説明板…
 
 左側に模擬天守…  郭2西側から模擬天守を仰ぎ見る…鉄筋コンクリートだが雰囲気はありますね
     
 北側から模擬天守入口を見る…
 
  望楼から北側を見る…眼下に三日月掘り・馬出も見える    模擬天守(資料展示室・展望台)入口
     
 資料展示室内にあった、左 武田勝頼と右 武田信玄像…
 
  資料展示室内にあった小山城ジオラマ…   模擬天守5階望楼から富士山を見る…訪問時はちょうど初冠雪の直後であった 
     
  「片岡北吉田特別支援学校」バス停…島田駅・藤枝駅・静岡駅行きのバス便がある
 
アクセス:JR東海道線「島田」駅から、しずてつジャストライン、静波海岸行で、「片岡北吉田特別支援学校」で下車。北へ徒歩5分。
※ You Tubeに「遠江小山城 静岡県吉田町」をアップしました!こちらをクリックしてYou Tubeのページへジャンプしてください… 

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