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 地域・都道府県別年代別日本百名城国宝・世界遺産現存天守12名城

千馬山城(別名 龍ヶ谷城) 埼玉県秩父郡皆野町三沢字茗荷沢 2017年4月25日 訪問知らせ


 〜 築城主:用土新左衛門 築城年:不明(16世紀半ば?) 主な城主:用土氏(藤田氏) 廃城年:1590年(豊臣勢の来襲時善戦したが、鉢形城の落城と共に陥落し廃城となった) 主な遺構:土塁、郭、空堀、堀切、竪堀 埼玉県選定重要遺跡
小田原北条氏の北武蔵での拠点である鉢形城(寄居町)の支城として龍ヶ谷城は築城されました。そして、天神山城(長瀞町)・高松城(皆野町)・日尾城(小鹿野町)などとともに甲斐武田氏の侵入にそなえ、また鉢形本城の背後の固めとして機能していました。なかでも龍ヶ谷城は秩父郡北部を一望でき、秩父地方を掌握しようとする北条氏にとって重要な城のひとつでした。龍ヶ谷城は、鉢形城主・北城氏邦の家臣として秩父地方を掌握していた用土新左衛門の築城と伝えられており、同じく用土氏築城といわれる花園城(寄居町)・天神山城と城の構造がとても似ています。
城跡には19条もの空堀が残っており、傾斜面に縦に掘られた堀(竪堀)や竪堀と横堀を交錯させたものも見られます。また、大規模な堀切や、一部には当時の石垣も残っており、門跡や物見櫓跡と思われる平場なども確認することができ、秩父地域を代表する山城として昭和51年に埼玉県選定重要遺跡に選定されています。現在、山頂には用土新左衛門を祀ると伝えられる石宮があります。
秩父地方を掌握していた北条氏と甲信地域を本拠地とする武田氏はしばしば争いを繰り広げていましたが、秩父地域の鉱山資源に着目した武田信玄による秩父侵攻の戦禍が及んできました。永禄12年(1569)頃、武田氏による秩父侵攻は最も激しさを増し、同年10月に信玄自らが秩父に在籍し龍ヶ谷城付近でも戦が繰り広げられたと伝えられています。この付近には『戦場』、『向戦場』という地名が残っていますが、これは武田勢の龍ヶ谷城攻めの際、戦場となったことの名残といえるでしょう。
天正18年(1590)、時の関白豊臣秀吉は小田原攻めを行い、小田原城と同時に鉢形城にも攻め込み落城させました。北条氏は龍ヶ谷城に三上外記を配し豊臣勢に抵抗しましたが、本城である鉢形城とともに落城し、以後廃城となりました。
             (皆野町教育委員会が登山口近くに設置の案内板「埼玉県選定重要遺跡 龍ヶ谷城跡」より)
 秩父鉄道「親鼻」駅…有人駅、SUICA等は使えない  西武バス「西武秩父行」で、「強石橋」(右の写真は橋そのもの)下車…バス停近くから千馬山城を見上げる 
     
 左下の西の尾根道から入山…朱色で記したルートで、門跡〜二の郭〜主郭へ。主郭から、更に西北の尾根道に入り行けるだけは行った。その後、一番右の尾根道に入りどんどん行き、二重掘りのところまで行った。東の郭方向へ行くべくルートを探したが、結局よくわからず断念して、最初に入ったルートで下山した。 強石橋から、登山口方向を見る…
     
 橋から登山口方向へ入ったところにあった案内板…この縄張り図(左の写真)を拝借。また。説明文は冒頭に引用した。
 
 入口へのルートは「戦場(せんば)通り」というらしい。千馬城は戦場城とも、また、龍ヶ谷城ともいう。  周囲に民家・畑の見える道路を北方向へ歩く…  暫く行くと、左手に案内標識があった。この細い路を入る…
     
 どんどん行くと、再び民家が見えてきて、一見行き止まりのようだが、民家の手前に細い道があり登山道へと続く… 麓の郭跡に建つ小さな祠…この先の尾根道に入る。
     
 上の写真からの続きで、右の写真に続く…民家の横からは歩きやすい登山道が。
 
 この祠を右に見て、尾根沿いの小路をどんどん進む… 尾根道でもあり、木々の少ない場所では眼下に集落が見える(右の写真) 
     
 縄張図にある最初から2番目の「堀跡」か…右上の写真から少し尾根道を歩いて(右下の写真)ここは門跡の手前ぐらいだろう 縄張図にある最初の「堀跡」のようだ。かなり風化している?…この先は下の写真から左の堀跡に続く
     
 尾根道を進む…
 
 縄張図にある「門跡」はこの辺か?…他にはそれらしき跡は見つからず  左下の尾根道を上がってくると、堀跡を跨ぐ土橋のようなところへ来た。石垣(石積み)が見えている… 
     
 上の写真の門跡らしきところを過ぎてさらに進む…
 
 右上の写真の空堀跡を土橋上から見下ろす…山頂に向かって左側の空堀 左の場所から、暫く山頂方向へ歩く… 
     
 縄張図の、「腰郭I」のところか?
 
 尾根道を更に上がっていく… 主郭手前の二の曲輪に位置する空堀(横堀)跡ですね…右(東)方向を見る
     
 上の写真から、この写真に続いて、次に右の写真の横堀に遭遇…
 
 主郭に到達…北側の断崖(垂直に近い絶壁)の向こうには皆野寄居有料道路が 主郭手前の道標…強石橋バス停方向より登ってきた 
     
上の写真を過ぎてすぐの場所にもう1本の横堀が…
 
 主郭の案内板より…  主郭の北西の一段高くなっている部分に小さな石宮が…この宮は用土新左衛門を祀ると伝えられているとか。 
     
 これがその石宮です…
 
この辺の尾根道はそれほど大変ではない、この辺までは… 主郭の西北端から尾根道を探して降りていくと堀切が…
上の写真の堀切の端(右)を見る…左の写真に続く
 西北の尾根道もこの辺まで来ると行き止まり的な感じで直進できず…張られているロープを見ると右下に通路が見られた
     
 こんな感じで、降りていく通路が確認された…ロープを伝って行けば何とか行けそうだがちょっと不安で断念
 
 主郭に戻った後、今度は東方向への尾根道を進む…標識の赤城神社方向へは右の写真のロープが張られている方向へ降りることになるが、こちらもちょっと危なそう。  二の丸の説明板…集中的防御
 
 一寸した削平地…二の郭の一部か?
 二の郭と三の郭間の空堀(横堀)にロープを伝って降りる…結構深い堀だ  堀底に降りて左側(北側)を見る… 
     
堀底に降りた…この辺は緩い傾斜だ
 
北東の尾根筋をどんどん行くと、北側に眺望が開けてきて(右の写真)、その先に大堀切(深さ4-6m)があった。左の写真は見下ろしたところ…
  
 別の角度から堀底を見下ろす…
 
堀底へ降りて右側(右の写真)と左側を見る(左の写真)…
     
 石積みが残る…
 
 二つ目の堀の先から振り返り、2本の堀を同時に見る(わかりにくい?)… 右上の写真の先のもう1本別の空堀(二重掘りの二つ目)…
     
 二つ目の堀へ一旦上がる…ここにも石積みが見える
 
 右の写真の尾根道を進むと、注意を要する細い道になってきた(右の写真)。左上の写真のように行き止まり感があり、どんどん東の道から離れて行くようにも感じて、引返すことにした。結果、当初予定していた東の郭方向へは行けなかった(正直、東郭へのルート入口が分からず)…当初の西の尾根道を通って下山した。 
     
木材の伐採・切り出場の奥に見えるのは皆野寄居有料道路…
 
 アクセス:
秩父鉄道「親鼻」駅から西武バス西武秩父行で、「強石橋」下車徒歩約10分で登山口
※ You Tubeに「千馬山城 埼玉県皆野町」をアップしました!こちらをクリックしてYou Tubeのページへジャンプしてください!
 

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