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 地域・都道府県別年代別日本百名城国宝・世界遺産現存天守12名城
西方城 栃木県栃木市西方町本城  2018.5.2 訪問
 ~ 築城主:西方景泰(遠江守烏丸景泰) 築城年:不明(15世紀後半~16世紀?)  主な城主:西方氏 廃城年:天正18年(1598) 主な遺構:郭、空堀、土塁 別名 鶴ヶ岡城、西堀山城 ~

宇都宮氏の一族であった西方氏の山城です。戦国時代には、宇都宮氏の最前線の軍事拠点として重要視されていたと考えられます。深い堀や高い城壁によって防御するとともに、通路を屈曲、複雑化し、城内に侵入してきた敵を多方面から攻撃出来るようにしています。堅固さと技巧性を併せ持った縄張です。(西方町教育委員会・西方町文化財愛護ボランティアが、わがまち自慢推進事業として、西方城登城口の長徳寺近くの城址見学者用の駐車場に設置の案内板より)

 長徳寺の駐車場にあった城郭図・案内板…①~⑧、そして南の丸と東の丸を回った。途中、順路から説明板があちこちで見られて、且つ、見どころも随所に案内がされていた。殆どのエリアは、樹木・雑草も適度に刈られており、歩きやすかった。(一部藪のひどい場所もあったが)  東北自動車道の高架下のトンネルを潜り、反対側の長徳寺に向かう。そこに案内板と登り口がある…
     
この先に、長徳寺の門と登り口が見える…駐車スペースは充分ある。
 
 この辺は獣害対策(主にイノシシか)の金網が張られており、お寺への出入りもしっかりフェンスを閉める…  長徳寺入口…この左之通路を通り登城口へ。
    
 この先の登山道を上がるが、獣害対策ネット(オレンジ色の網)が見える…
登り始めてすぐ右側に、小高い場所が見えてきた…櫓台跡?   ほどなく西方城への案内表示が見えてくる…この後もいくつかこの種の標示があったが、本丸への道標と思われる。
     
 左右に土塁をを持ち屈曲した通路(堀底道)を通る…この先には、屈曲した横矢掛けを駆使した通路が続く
 
 歩きやすい道が続く…最初の地図の①~②のところ   すぐ右上の写真の突き当りに行くと、下の写真のように、見どころ①「屈曲する空堀」となっている…
     
竪堀の標示柱が見える…
 
 みどころ②北側の堡塁…最北端の小さな曲輪(堡塁)堀で遮断されている  堡塁周囲の土塁…
これもそうですね…なかなかの土塁
 北側の堡塁から、北の丸・本丸方向へ行く…この階段を上がらず本来の通路(?)、右側の斜面に沿って進む。  北の丸の、北側の小高い場所…櫓跡の標示が。
     
 北の丸から二の丸への途中…虎口との標示柱がありますね。
 
 北の丸…結構広いですね 周囲に残る土塁…
     
上がってきた方を振り向き見ると、「馬出」との標示柱があった…
 
 土橋手前の下の段(帯曲輪?)から二の丸手前の空堀・土橋のところ…  土橋を渡り二の丸へ進む…
     
 土橋を渡るところ…
 
二の丸… 二の丸手前の堀底から撮影…
     
 本丸手雨の竪堀…
 
 本丸に到達…周囲には土塁が残る
本丸の先には小さな社…近づいてみると八幡宮と記されている
本丸から南丸への途中に「横矢」との標示が… 下の段の東の丸方向への通路を見下ろす…枡形虎口?
案内板があったが、かなり錆びていて判読困難な部分がある…
 右上の写真の案内板のところから少し南の丸方向に進んだところ…  南の丸に来た…結構広い 
     
 南丸を別の角度から…
 
 南の丸の先には「武者溜」…  南丸の周囲にも土塁が残る…
     
北側の消滅した「西の丸」か?
 
 井戸跡がある筈だが…この辺のくぼみの部分か?  この奥・向こう側に井戸跡が… 
     
 みどころ⑦との標示が…
 
 右の写真の先に「馬出し」が…   虎口か?東の丸方向へ進む…
     
 東の丸へ進むが藪が目立ってきた…
 
 東の丸の先にも郭がある筈で、この先への通路を探索するもよくわからず、断念して長徳寺方向へ戻ることにした…
     
 アクセス:東武日光線「東武金崎」下車、登山口まで徒歩約45分。
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