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地域・都道府県別年代別日本百名城国宝・世界遺産現存天守12名城

松坂城 三重県松阪市殿町 2011.7.27 訪問  2017.9.3 再訪お知らせ

 〜 築城者 蒲生氏郷 築城年 天正16年(1588年) 主な城主 蒲生氏郷、服部一忠、古田重勝 遺構 天守台、本丸、二の丸、石垣等 指定文化財 国の史跡 再建造物 石垣修復 日本100名城(48番)〜
 松坂城は、蒲生氏郷が天正16年(1588)この四五百森に築城した平山城である。蒲生氏郷が陸奥黒川(現在の福島県会津若松市)へ移封後、天正19年(1591)に服部一忠、文禄4年(1595)に古田重勝と城主が替わり、元和5年(1615)に徳川頼宣が和歌山藩主となると同時に和歌山藩領となり、以降、明治になるまで勢州領(松坂・田丸・白子等)18万石を統括する城代が置かれてきた。城は北を大手、南を搦手とし、本丸・二ノ丸・三ノ丸・隠居丸・きたい丸からなり、本丸・二ノ丸等には高い石垣を築き、外郭に土塁や堀をめぐらせていた。三層の天守と金ノ間・月見・太鼓等の櫓がそびえ立っていたが、正保元年(1644)の台風で天守は倒壊したと伝えられている。また、二ノ丸には寛政6年(1794)に着工された御殿(別名徳川陣屋)があった。明治14年(1881)松阪公園となり、現在に至っている。(表門跡に松阪市教育委員会が設置の説明版「国史跡 松阪城跡」より)
 JR・近鉄松阪駅より西方に徒歩約15分…本来は表門から入城すべきところだが、今回は、松阪神社〜御城番長屋跡を見て、裏門ー太鼓櫓ー本丸下段ー月見櫓ー本丸上段ー金ノ間櫓ー敵見櫓ー天守台ー藤見櫓ー鐘ノ櫓ー助左衛門御門ー歴史民俗資料館ー表門ー大手門跡の順で回った(右上の写真が松阪神社)。
      
「殿町武家屋敷界隈へようこそ…」の看板。この界隈は江戸時代の武家屋敷の面影を残している…
 
 御城番長屋(重要文化財旧松阪御城番長屋)の案内板…  松坂城御城番長屋、40石取りの紀州藩士20人の組屋敷として文久3年(1863)に建築された…今もなお、子孫を含む多くの人たちが日常生活を営んでいる。 
     
 現在も一部住宅は公開されている…訪問時は公開されていなかった
 
 御城番屋敷土蔵…江戸時代末期に松坂城内の隠居丸に建てられていた。旧松坂城関係の建物としては唯一現存する建物とのこと 松坂城跡の裏門…ここから入城 
     
 松坂城跡の案内図…現在地のところの裏門から入り、中御門〜月見櫓〜金ノ間櫓〜敵見櫓〜天守台〜藤見櫓〜助左衛門櫓〜歴史民俗資料館〜表門〜大手門跡の順で回った。大体のルートを朱色の線で記した  裏門跡の標示柱が…搦手からの通路にあった門。瓦葺2階建ての櫓門形式だった
     
 突き当りを左に折れると、本居宣長記念館。右側は二ノ丸…
 
 この上が本居宣長記念館… 中御門跡… 
     
 中御門方向へ進む…
 
 月見櫓跡…本丸下段の東隅の場所   中御門跡から本丸下段広場に入る…
     
 本丸下段の北東隅に「月見櫓跡」が…左の写真参照
 
 月見櫓跡から石垣上の通路を通り中御門方向へ戻る…  中御門跡…搦手から本丸に続く通路に設けられた門。櫓門から茅葺平屋建てに改修された由 
     
 二ノ丸を見渡す…この後、右の写真の中御門跡へ
 
 太鼓櫓…本丸下段の南隅の位置。東隅の月見櫓との間には多聞を巡らせていたとか  本丸下段全景…対面の櫓台は金ノ間櫓か
     
中御門から本丸上段への階段…
 
 本丸上段へ階段を進む…  本丸跡、本丸上段に到達… 
     
 更に階段を上がる…
 
本丸上段の北隅の金ノ間櫓跡に上がる…金箔を使用した部屋があったといわれる。  本丸上段広場…本丸跡の石碑(裏側)が見える
 
 本丸上段の北側の端から眼下(本丸下段)を見下ろす…
 
 松阪開府跡の石碑… 金の間櫓跡に上がり全体を見る…ほかの場所に比べて規模の大きい櫓跡 
     
 天守台手前の敵見櫓跡の遠望…
 
 敵見櫓跡の上がる…左奥が天守台跡だろう   本丸上段全景…
     
 この上が天守閣跡…
 
 松坂城梅林…きたい丸  天守閣跡の石碑柱… 
     
 きたい丸(梅林)の北西隅の部分…古田重勝の子重恒の幼名「希代丸」にちなむとされている
 
 藤見櫓に続く多聞櫓があった場所か?  下の写真の山並みの説明版のあった場所…ビル群が見える 
     
観音岳〜白米城跡などの眺望…
 
写真の左端部分に「藤見櫓」との標示柱が見える…  藤見櫓跡に登ってみた…この石群は礎石跡か? 
     
 藤見櫓跡の標示柱…
 
 鐘の櫓跡…  鐘の櫓跡から助左衛門御門を見下ろす…左側に歴史民俗資料館 
     
 上の写真から続く通路…
 
 助左衛門御門の標示柱… 突き当りのところに「松阪市立歴史民俗資料館」…左の写真の助左衛門御門
     
 松坂城跡の説明
 
 助左衛門御門から表門虎口への通路…   助左衛門御門跡…右に鐘の櫓跡、左が遠見櫓跡?
     
遠見櫓跡を下から見る…
 
 左側が表門跡方向…  表門を外側から見る…かつては瓦葺二階建ての櫓門があったとか 
     
 石垣下部に目立たないように「表門跡」の標示柱があった…
 
 高さのある野面積の石垣…この上は二ノ丸にあたる  上の写真の標示柱部分…
     
 表門を出て南方向へ進む…
 
 上の写真の延長部分…ここも高石垣になっている  松坂城大手門跡…表玄関にあたる大手口の門、ここでは「食い違い虎口」状になっている。大手門は、「四つ足御門」(四脚門)という格式の高い門だったとされている 
     
 大手門の説明板…右の写真の説明に一部抜粋、引用した
 
アクセス:JR紀勢本線・近鉄山田線 松阪駅から徒歩約15分
 
※ You Tubeに「松坂城 三重県松坂市」をアップしました!こちらをクリックしてYou Tubeのページへジャンプしてご覧ください…  

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