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地域・都道府県別年代別日本百名城国宝・世界遺産現存天守12名城

小机城(こづくえじょう)神奈川県横浜市港北区小机町 1st 2015.7.20  2nd 2016.2.17 訪問お知らせ

築城年代は明らかではありませんが、おそらく、このあたりが開けた12世紀以降ではないかと思われます。その頃は、このあたりは上杉氏の勢力下にあり、西方には、その支配下の榎下城があったことから、それとかかわりのある城と思われます。その後、山内上杉家の家臣長尾景春が、家督争いに端を発して反乱を起こした時、景春に味方した矢野兵庫助らが城にたてこもり、北方の亀の甲山(現在の新羽根町亀の甲橋付近)に帯陣した上杉方の太田道灌の率いる軍と戦いました。城は文明10年(1478)攻め落とされ、上杉氏もやがて北条早雲に追われ、小田原北条の領地となり、40年間廃城となっていました。大永4年(1524)一族の北条氏堯の城となり、笠原越前の守信為を城代として再興しました。小机は地理的に、江戸、玉縄、榎下などの諸城を結ぶ位置にあり、この地は以後軍事、経済の両面で極めて重要な役割を果たすことになさります。豊臣秀吉が小田原城を攻め落とし、やがて小田原北条氏が滅び、4代目城主の弥次平衛重政が徳川家の家臣として200石の知行を与えられ、近くの台村(緑区台村)に住むことになり、小机城は廃城、その歴史を閉じることになりました。(現地本丸にあった説明板「小机城について」より。
小机駅から小机城址市民の森へ歩く(約15分)…横浜線の踏切から城址のある小高い丘を見る  「小机城市民の森」の案内板…この森の土地所有者は19名とのこと。つまり小机城は私有地…
    
  市民の森への入り口部分…
 
 根古屋広場にあった案内板…「根古屋」は「根小屋」とも書くが、東国によくある地名で西国にはないと思われる。城の在番に当たる中・下級武士たちの小屋があったのだろう
     
「ねこやひろば」の横、本丸広場の方へ上がる通路のところにあった竹林…
 
 本丸・二の丸広場への道標…  本丸広場の入口(虎口)の冠木門…手前に、空堀に架かる土橋があるが、左下の写真に見るように通路が少し曲がっている。冠木門の両側には櫓台跡があるので、意図的に曲げたと思われる。 
     
 右の写真の冠木門に通じる土橋…少し曲がっている
 
 本丸入り口に架かる土橋の右側の空堀を見る…右側の竹林から上がってきて、この空堀に突き当たる。そこを左に行くと最初の写真の道標のところに出て、土橋を渡ることになる 本丸入り口に架かる土橋の左側の空堀を見る… 
     
冠木門を入りすぐ左の、台地、櫓台跡に来た… 
 
 櫓台跡から西側を見る…右の写真は第三京浜を下に見て、その先に仙元台方向を見る 本丸広場の標示柱…
     
本丸の説明板と本丸広場全景(真ん中の写真は2016.2撮影のものでブルーシートが施されている、養生中か。右端の写真は、2015.7撮影時のもの)…本丸とは称されてはいるが、この案内板にもあるように、確たる証拠もない。主郭はどこであったかについては、諸説あるが、ここで言う「二の丸」が二の丸の形状横矢崖の位置から判断しても、「二の丸=主郭」説が説得力あるかも?
     
 本丸の周囲に一部土塁が残る。右の写真は本丸北端の土塁… 本丸の北端から空堀を見下ろす…
     
 本丸から二の丸に行く途中の空堀を渡る土橋と、その奥に細長い郭が見える。右の写真が、その細長い郭の右側部分…  本丸方向へ延びる土塁上から民の森へ
     
 小机城想定図…横浜線と第三京浜で城の縄張りが分断されているのは、大都会の城跡であることを改めて認識させられる…なお、第三京浜の西側はここでは「出城」との標記があるが、何ら遺構としては確たる証拠がない…  
    
細長い郭の方向を大規模な空堀を挟んで見る…前方に見える空堀が左の写真。そこから再び二の丸への通路に戻り、せいろうのあと櫓台方向へ行く。 
     
 せいろうあと(井楼跡)の標示柱…
 
 二の丸の虎口のところにあった櫓台の復元… 
     
二の丸の虎口のところには、以前櫓台跡があったが畑地化されて土塁とともに消滅している…  
 
 二の丸広場…こちらが主郭であったか? 二の丸の南側、いわゆる虎口跡のところにあった通路を降りてみた。…ここが二の丸への大手道とする説がある。この入口は桝形状になっているとも見える。 
     
 二の丸の北端部分…
 
 二の丸のすぐ下の腰郭的な場所に降りる…削平地だ  二の丸の周りの空堀の底を散策する… ぐる〜と回って、最初の本丸と二の丸の間の堀に来た。この階段の上が案内板があるところ…
     
 右、二之丸広場方向へ…  二の丸広場…資料不足のため明確に二の丸とは断言できないそうです(右の写真) 
     
 再び竹林の中を通り、本丸方向へ。…本丸広場を経て、第三京浜の反対側の富士仙元へ向かう 
     
富士仙元。この場所は、小机城の三の丸跡と推定されているようだが。確たる遺構は見られない… 小高い場所にあった塚(右の写真)…富士浅間信仰の富士塚らしい。
アクセス:JR横浜線小机駅から徒歩15分                                             
    
「小机城 神奈川県港北区 〜土塁・空堀などがよく残る〜」をユーチューブに投稿しました。こちらから、ジャンプしてご覧ください! 

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