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岩鼻陣屋(代官所) 群馬県高崎市岩鼻町 2017.7.2 訪問お知らせ

 〜 築城主:徳川幕府 築城年:寛政5年(1793) 主な城主:初代代官吉川栄左衛門・近藤和四郎 廃城年:慶応4年(1868) 主な遺構:土塁 〜
寛政5年(1793)徳川幕府により此の地に岩鼻代官所が設置され、初代の代官に吉川栄左衛門と近藤和四郎が任命された。慶応元年(1865)には木村甲斐守が関東郡代として着任し、上野の幕府直轄地、旗本領、寺社領、大名の預かり所と武蔵国6郡を支配し、世直し一揆の鎮圧に江戸の北辺の守りの中心となる。
慶応4年(1868)岩鼻陣屋崩壊するや新政府は6月岩鼻県を設置し、大音龍太郎を軍監兼当分県知事に任じ、旧代官所跡が岩鼻県庁となり、旧代官所時代とほぼ一致する地域を支配した。また明治2年(1869)には吉井藩を併合した。明治4年(1871)10月28日岩鼻県は廃止され第一次群馬県が成立し、県庁は高崎場内に移された。
(高崎市教育委員会が監修し、日本火薬株式会社が、平成4年7月1日に現地に設置の案内板より)
 JR 高崎線 倉賀野駅から、東方向へ、旧中山道・例幣使街道を進み岩鼻町の群馬の森方向へ…左の写真は旧中山道 倉賀野宿の石碑。右の写真は、旧中山道(右側)と例幣使街道との分岐地点(説明版は左下の写真) 
     
「例幣使街道と倉賀野常夜灯」の案内板…この常夜灯は県内では王者の風格を持っており1814年に建てられている
 
 天神山東側の堀跡… 例幣使街道の「岩鼻町北」信号から南方の陣屋跡のある天神山へ…
     
 上の写真の信号の場所から天神山に向かう…タヌキ通りと呼ばれていた
 
タヌキ通りを進むと、前方に石垣で補強(もちろん後世のものだろう)された土塁が…
    
この辺の、土塁と土塁の間は堀跡か?縄張り図からはそうではなさそう(後世の改変か)…
 天神山の階段の横にあった説明版(高崎市教育委員会が監修)より縄張り図類を抜粋・引用しました…
岩鼻代官所略図(初期)…
天神山への階段の下から西方向を見る… この階段の上に天満宮…
階段の途中左側に牛の石像が…
天満宮本殿?… 天神山の上から、東側の通路を見下ろす…  天神山に上がる階段を見上げる…
     
最初に入ってきたタヌキ通りを挟んで反対側にある土塁跡と思われる場所… 例幣使街道に戻り、天神山の北側部分の土塁跡(及び掘割跡?)…
 
上の写真の土塁と思われる部分を望遠・拡大撮影…
 
 アクセス:JR高崎線高崎駅 或いは倉賀野駅からコミュニティーバスがあるが筆者は倉賀野駅より歩いた(約40分位?)

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