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権現山城(ごんげんやまじょう) 神奈川県横浜市神奈川区幸ヶ谷 2018.7.9 訪問
 〜 築城者 上田政盛? 築城年 室町時代末期頃? 遺構 無し 廃城 1510年(永正7年)?
かつてこのあたりは権現山と呼ばれ、本覚寺のある高島台と尾根伝いに繋がる急峻な山であった。戦国時代当時の関東の支配者上杉氏の家臣上田蔵人は、北条早雲に味方して謀反を起こし、この山上に砦を築いてたてこもった。合戦は上杉方の勝利に終わったが、その後、上杉氏の力が弱まり北条氏による関東支配が始まった。幕末から、明治にかけてお台場や鉄道用地の埋め立て、開削などのために山は削られ、現在のように低くなった。(現地に設置の案内板「権現山」より。)
 JR東神奈川駅より徒歩で北側に進み、途中、イギリス領事館跡の浄龍寺を経て、幸ヶ谷公園(権現山)へ…
 
「史跡 イギリス領事館跡」の標示柱…浄龍寺の山門のところに。 権現山の説明…冒頭の説明文に引用した。写真のように2段に分かれているが、神奈川台場築造時等で削平されており往時の遺構はない。
       
浄龍寺の説明板…上の写真の標示柱の横に設置されている。
権現山の山頂部に「権現山合戦の跡」の説明板があった。…上杉氏の家臣上田蔵人が北条早雲に味方味方して謀反を起こして、この権現山にたてこもったが上杉方に敗れた激戦の地であった、等の説明が。然し、幕末頃にはお台場の造成や明治の鉄道用地の用途で山が削られており、当時の面影はない。遺構は見られない…
 
山頂部を見渡す…主郭部と思いたいが、何ら証明できるものがないようだ。
 
結構広いが、公園整備の一環でこうなったのだろう… 公園の端の幸ヶ谷公園の標示柱・案内板…この先にJR等の線路があり、その先には青木城跡がある。
     
眼下に鉄道の線路が見えてその先に青木城跡である本覚寺が…
 
権現山から下りてきて、対面の本覚寺に向かう途中で見つけた「普門寺」…この説明板によると、開港時にはイギリス士官の宿舎に充てられた由。  普門寺近くの甚行寺には、フランス公使館跡の標示柱があった…
     
 線路の反対側の本覚寺(青木城址)より、線路越しに権現山を見る…当時は、尾根伝いでつながっていた由。この線路部分は堀切だったとの説もあるようだ。  京急神奈川駅…この近くに神奈川本陣・青木本陣があった由。
     
 京急神奈川駅から、本覚寺方向へ渡る…京急・JRの線路が橋の下に見える。
 
アクセス京浜急行線神奈川駅徒歩約5分。
 

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